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後日談その1

 セイバーやアサシン達と駆け抜けた聖杯戦争から数ヶ月。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは衛宮士郎の姉代わりである藤村大河の家に居候という形で未だ冬木の土地にいた。
 イリヤの代わりに聖杯として祭られていた間桐桜は、後遺症に悩まされながらも精一杯生きている。唯一変わったことと言えば、衛宮士郎と恋仲になったということか。これには大河は無論のこと、桜の姉である遠坂凛、そしてイリヤも祝福した。きっと士郎の養父である切嗣も喜んでいることだろう。


「シロウ、おっはよー」


「ぐふぅっ!?」


 日曜日の早朝。イリヤはいつものように衛宮邸へと赴き、フライングボディープレスをかまして士郎をたたき起こす。既に日常の光景だ。
 毎度毎度このような起こし方をされる方はたまったものではない。が、士郎がいくら言ってもイリヤはやめることをしないので半ば諦めているのも事実。それでも、この寝起きの一撃は相当クる。


「お、おはよう……イリヤ」


「ほら、早く起きなさい。サクラはもう朝食の準備を始めてるわよ?」


「む、じゃあ起きないと。よっと」


 勢いをつけて士郎は起き上がり、一瞬で布団を畳む。そこになんのタイムラグもない。長年してきた行動ゆえ、頭より先に体が動く。イリヤを部屋の外へと追い出し、いつもの服に着替えた士郎は桜の待つ台所へ。
 挨拶を交わすのもほどほどに、二人で朝食の準備。イリヤは居間のこたつに入り、ゆったりと食事が出来るのを待つ。といっても、既に春でありこたつの電源は入っていない。衛宮家のこたつは年中無休で居間に降臨しているのである。
 朝食が出来る少し前に、凛と大河、そしてイリヤ付きのメイドであるセラとリーゼリットが姿を現す。計七人、衛宮家のメンバーが揃ったことになる。


『いただきます』


 合掌し食事を始める。これも既に日常の光景。だが、数ヶ月前まではイリヤ達の姿はここにはなく、金髪の少女の姿があった。人一倍食事を楽しみ、士郎の作るご飯を美味しそうに食べていた少女はもういない。聖杯を破壊したことにより、彼女は元のあるべき時代へと帰ったのだ。
 そして、それと同時にイリヤにとってかけがえのない存在であったアサシンもまた、現世から姿を消した。今も彼は、英霊の座で世界の抑止力として動いているのだろうか。


「……」


 思い出の中のアサシンの姿。その面影は、やはり月日を重ねるごとに薄らとぼやけていく。最後の時、アサシンに抱きしめられたあの温もりはもう思い出せない。仕方ないこととはいえ、悲しみが浮かぶのは仕方ないことだろう。
 食事が終わり、休日を楽しむ為に各々は好きなことをする。大河は家へと戻り、凛は魔術の研究に余念がなく、士郎は投影の訓練、桜も凛に付き添って魔術の研究。セラとリズも藤村家へと戻り、イリヤも自分の知識が役立つのならと凛の研究に力を貸す。彼女が追い求めるのは、第二魔法の体現者であるゼルレッチ。その足がかりとして、平行世界への扉を開くことの出来る宝石剣の作成だ。士郎の投影により、宝石剣の贋作は出来たもののそれは既にない。
 もう一度投影すれば、とは思うがあれ一つ投影するのに士郎の脳神経が焼き切れてしまう恐れがある。それは凛も良しとしない。ゆえに、彼女に出来るのは宝石剣の再現。その為には、桜やイリヤの力を借りる必要があるのだ。自分ひとりでは無理でも、優秀な魔術師二人がいれば可能性は開ける。


「あ……」


 唐突に声を上げる桜。尋ねると今日のお昼ご飯の材料がないことを思い出したのだと言う。凛のかけていた眼鏡がずれ落ちる。魔術師がお昼ご飯の心配をする、というのも変な話だ。いや、確かに大事なことではあるのだが。買出しに行ってきます、と桜は慌しく出て行く。一人でも大丈夫だろうと、凛は再びイリヤとの会話へと戻る。
 一人お昼ごはんの材料の買出しへと出た桜、深山商店街でいつものように買出しをすませて女性が持つには少し多いかもしれない量の荷物を抱える。しかし、やはり重い。


「先輩にもついてきてもらった方が良かったかも」


「あの、すいません」


「はい?」


 声をかけられ振り向く。まず思ったのは、旅行者なのかなということ。手に持った地図と肩に下げている大きな鞄。少なくとも、少し出かけるだけでは持たないものだ。そして、多分年のころは桜と同じくらいか、少し下か。


「なんでしょうか?」


「少々お尋ねしたいんですが、ここへ行くにはどう行けば……」


 申し訳なさそうに差し出される地図。荷物を持ったままでは少々辛いので、道端に荷物を置いて地図を受け取る。見れば、どうやら彼が行きたいのはこの近くらしい。深山商店街付近や、新都の地理ならほとんど覚えているので、大丈夫だろうと桜は思っていた。
 しかし、地図にマークされている場所とそこに書かれている文字を見て、眉を潜めた。


「えっと、衛宮……?」


「はい、衛宮さんのお宅に用事がありまして。大きい十字路の交差点が目印だ、とは言われたんですけどそこにも行けなくて」


 恥ずかしながら、筋金入りの方向音痴なのでと情けなさそうに吐露する。渡された地図はかなり詳細に書かれており、普通の人間ならあまり迷うことはなさそうな代物。これでも尚、分からないというのならなるほど、筋金入りならば仕方ない。
 しかし、衛宮家に遠方から客とはありえるのだろうか。士郎はそもそも養子であり、その養父であり衛宮切嗣にいたっては魔術師だ。一般の交友関係がない、とは言い切れないが可能性は低いだろう。でも、桜が見たところ彼には魔力をほとんど感じない。隠しているだけとも思えるが、なんとなくそれは違うような気がした。


「えと、実は私衛宮の家に間借りさせてもらっている者なので、今から帰る所ですからご案内しますよ」


「そうなんですか? 助かったぁ……運がいいというか、ラッキーだな俺」


 心底安心したように笑う青年に、桜はくすりと笑う。大げさにも思える仕草だが、嘘っぽくは思えない。荷物を持ち直し、ついてくるように指示をして歩き出す。


「あの、荷物重そうですけど一つ持ちましょうか?」


「でも、お客様にそんな事させるのは」


「いいんですって。それぐらいなら」


 逡巡するが、それに甘えて桜は荷物を渡す。左肩に荷物を背負いなおし、青年は受け取った荷物を右手で危なげなしに持つ。それを見て桜は、やっぱり男手があると楽になるなぁと心の中で呟く。


「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私、間桐桜といいます」


 名前も聞かずに話をするのも失礼だろうと、桜は名乗る。そして相手も自分の名前を名乗った。

「桜さんですか。俺の名前は相沢祐一です。以後お見知りおきを」

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最終話

 アーチャーとの戦いはセイバーとアサシンの勝利に終わった。一瞬のミスすら許されない、まさに極限状況での戦い。セイバーとアサシンは、それを潜り抜けたのだ。
 放たれる弾丸を潜り抜け、アーチャーが自らの宝具を放つ時間を与えまいとアサシンが身を削りな
がら足止めする。


「ちぃ、うろちょろとうるさい雑種が!」


 槍を手繰り寄せるアーチャーの鎧に、アサシンは蹴りを叩き込む。それは内部まで貫通することはなかったが、アーチャーの体を押し戻すには十分の威力だった。
 そのままアサシンも自らの宝具である剣を使い、止まることのない斬撃を放つ。


「はぁ、はぁ、はぁ――――」


 自分の肉体が悲鳴を上げる音を聞きながら、しかしアサシンの剣撃は止まらない、止まれない。

 ――自分達はアーチャーを、士郎や凛、イリヤは言峰を。

 それは、当然のことだ。サーヴァントを打倒しうるのはサーヴァントのみ。しかし、戦う相手という枠に括ってしまえばそれはもはや意味を持たない。
 この戦いに負けはない。負けなどありえない。勝利――それだけが存在し、成し遂げなければならない。


「くっ、いい加減に我の目の前から失せろ薄汚い犬が―――!」


 アーチャーの手に手繰り寄せられた魔剣の一撃で、アサシンの腕が切り裂かれる。しかし、そんな事など構わない。
 自分はただ、自らの役目を果たすだけ(・・・・・・・・・・)。


「はぁぁぁぁ―――っ」


 アサシンの背後からセイバーがアーチャーめがけて疾走する。手に持つは星が鍛えし極光の聖剣。
 そのセイバーに向けてアーチャーは無数の宝具を射出。しかし、セイバーは避けない。避ける力すらも、全てはこの一撃の為に――――!


 「約束されたエクス―――」


 鎧を壊され、身にまとう服を血で濡らし、剣が自分の体を貫こうともセイバーは止まらない。裂帛の気合とともに、自らの持つ聖剣を振りかざし、アーチャーが天地を切り裂いた乖離剣を使いよりも速く、


「―――勝利の剣カリバー!」


 アーチャーの体へ全魔力を込めた一撃を叩き込む。魔力は光の粒子となり、切り裂いたアーチャーの体を照らす。
 鎧の中の肉体すらも切り裂いて、セイバーは聖剣を振りかざした体勢のまま止まった。


「……ふん、我の負けか」


 つまらなそうに、感慨深く呟くのはアーチャー。セイバーのエクスカリバーによってつけられた傷は、致命傷だ。幾分の猶予もなく、アーチャーは英霊の座へと帰るだろう。


「強情な女だ。だが……良い。手に入らぬからこそ――」


 アーチャーはそう言って、


「――美しいものもある。いやはや、中々に楽しかったぞ騎士王。そして、聖杯の器を守る守護者よ」


 静かに笑いながら消えていった。後に残るのは、腕を失くしたアサシンと、血塗れとなったセイバー。


「向こうも、終わったみたいだな」


 アサシンの声にセイバーは顔を上げる。行かなければ――そう思った。


「行きましょう、アサシン。シロウ達が待っている」


 まだ、自分には役目が残っている。宝具を放つほどの魔力は残っていないが、自分自身が消える覚悟ならば、あと一撃は放てる。
 後、一撃。十分だ。


「ほら、肩貸してやる。掴まれ」


「……すみません、その好意に甘えます」


 自身も腕を失い、セイバーへと向かってくる弾丸を身を挺して受けていたというのに、アサシンはそれをおくびにも出さずセイバーに肩を貸す。
 セイバー達が士郎達の下へたどり着くと、血に塗れながらもしっかりと立つ、士郎、凛、イリヤの姿。そして、士郎の腕の中で眠る桜。


「よぅ、衛宮。遅くなった」


「いや、いい。そっちは大丈夫だったか?」


「はい、アーチャーは倒しました。後は、最後の仕上げだけです」


 全員が上を見上げる。桜という器通して生まれた聖杯は、未だに泥を吐き出し続ける。聖杯として完成した――否、完成していない未完成な大聖杯。
 中に眠る反英霊は、士郎の投影したキャスターの宝具「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」によって切り離された桜の肉体を、もしくは本来の聖杯であるイリヤの肉体を求めて悲鳴を上げていた。


「さて、後は任せたぜセイバー。俺にはもう、何も出来る事はないからな」


 セイバーの体を離し、アサシンは笑う。それに頷き、セイバーは最後の役目を果たす為、もう動くことすら難しくなってきた自分の体に力を入れる。
 聖剣に自分が現界する為に必要な魔力を全て注ぎ込んでいく。


「……セイバー」


 そんなセイバーの名を士郎は呼ぶ。はい、とセイバーは顔だけをそちらへ向けた。
 視界が霞む。しかし、目に映る士郎の顔だけははっきりと映っていた。ひどく、泣きそうな表情だ。


「シロウ、そんな顔をしないで下さい。サクラを助けることができた、それで良いではないですか」


「っ、あ、あぁ。そうだな、ごめん」


 無理矢理、笑顔を作る士郎だが、顔に流れる血がそれを不気味なものにしていた。それを見たセイバーは、思わず笑ってしまう。


「む、何笑ってるんだセイバー」


「いえ、気にしないで下さい。ちょっとしたことです」


 まったく、なんて最後だろう。しかし、これが一番自分達らしいのかもしれない。


「――今までありがとう、セイバー。お前が俺のサーヴァントで、本当に良かった」


「そうね、士郎には勿体無いくらいだったわ。でも……お似合いのコンビかもね」


 士郎と凛からそんな言葉をかけられる。


「こちらこそ、シロウが私のマスターでよかった。そして、リン。ありがとうございます」


 士郎と凛にそう告げ、セイバーはアサシンとイリヤへと視線を向ける。


「アサシン、一足先に『行きます』。それでは」


「あぁ」


「セイバー……さようなら」


「えぇ、さようならイリヤスフィール」


 別れは済んだ。さぁ、後はこの我侭な子供にきつい一撃をくれてやるだけだ。


約束されたエクス―――勝利の剣カリバー!」


 最後の一撃が放たれる。その光は泥を吐き出し続ける大聖杯を破壊し、冬木での聖杯戦争に終わりを告げた。
 それと同時に、セイバーの肉体もその場から何もなかったかのように消えた。


「終わったなー」


 あっけらかんと呟くのはアサシンだ。サーヴァントを現界させている聖杯がなくなった以上、これ以上現界は出来ない。アサシンもすぐに、英霊の座へと戻るだろう。


「……」


 イリヤがぎゅっとアサシンの服を握り締めた。もう、アサシンとは二度と会うことはない。寂しさからイリヤは、絶対に離さないという意思を持ってアサシンの服を握り締め続ける。
 そんなイリヤの頭を、アサシンは優しく撫でた。


「アサシンも、ありがとう。桜を助けてくれて」


「おいおい、勘違いするなよ衛宮。その子を助けたのはお前だろ。俺は、ただセイバーの手助けをしただけだ」


 足止めと囮だけどな、とアサシンは苦笑して言う。そんな事ないと士郎はそれを否定した。確かに、アサシンのしたことは囮と足止めだが、それなくしてアーチャーの打倒はなしえたか分からない。
 セイバーも、きっとそう思っていたはずだ。


「それでも、ありがとう。……元気でな」


「そっちこそ。その子と幸せにな」


 それで別れの言葉は終わりだ。凛は、アサシンに何も語ろうとしない。敵だったから、そういう理由では決してない。
 語るべきことも、言うべきことも、全て士郎が言った。なら、自分には何も言うことはない。アサシンもそれを悟ったのか、何も言わない。
 最後に残るのは、自分を信じて共に歩んできたマスター。


「イリヤ、今まであ――」


「いや、いや!」


 アサシンの言葉を遮ってイリヤは抱きついた。予想していたこととはいえ、やはり心苦しい。泣きじゃくって決して手を離そうとしないイリヤの姿に、士郎と凛は何も言えなかった。


「ずっと、ずっと一緒にいてよユウイチ。離れたくなんてないよ、帰らないでよ、セラとリズと、シロウ達と一緒にいてよ、私と一緒にいてよ……っ」


 吐き出されるイリヤの願い。それはイリヤが初めて子供のように泣きながら、自分自身の心からの願いだった。
 離れたくない、一緒にいたい、自分と死ぬまで一緒にいて笑っていて欲しい。
 そんな、何の変哲もない小さな少女の願い。しかし、その願いは叶えられることはない。


「ごめんな、イリヤ。俺にはそれは叶えられない」


 イリヤを抱きしめながら、アサシンは残酷な言葉を口にする。いや、始めから答えなど分かっていたのだ。士郎にも、凛にも……そしてイリヤにも。


「ユウイチ……ごめんね、我侭言って」


「可愛い主人の我侭なら何度でも許せるよ。こっちこそ、辛い思いをさせてごめん」


「いいの。私ならもう大丈夫。セラやリズもいるし、シロウもいるから」


 イリヤの表情は笑顔だ。しかし、瞳から流れる涙は止まらない。別れが近づいてきたのか、アサシンの体が薄く透けていくのが全員の目に映った。


「イリヤ」


「っ……な、何?」


 名前を呼んで、アサシンはイリヤを正面から抱きしめた。ぎゅっと……力強く。イリヤの鼓動を、暖かさを、自分の身に刻み付けるかのように。


「―――今までありがとう。元気でな」


 そう、イリヤの耳元で呟いて、アサシンは静かにイリヤの前から消えていった。抱きしめられていたイリヤは、自分の体に残っているアサシンの体温が少しずつ消えていくのを感じていた。
 本当に、アサシンはもういないのだと――それを突きつけるかのように。


「……イリヤ」


 ぽん、と頭に士郎の手が乗った。見上げれば、士郎が自分を見下ろしている。桜は凛が抱えていた。
 何を言うべきか、イリヤが言いあぐねていると士郎はこう言った。


「もう――泣いていいんだよ」


 言われてしまって、イリヤは抑えていたものがあふれ出してしまった。士郎へと抱きつき、大声を上げて泣いた。
 もうアサシンには会えない。二度と会うことが出来ない。悲しみが、抑えていた悲しみがあふれ出してしまえばそれまでだった。


「シロウ……うああああああああっ」


 イリヤは、士郎に縋り付いて泣いた。そんなイリヤに、士郎はただ好きに泣かせ撫でてやるしか出来ない。
 アサシン――相沢祐一と、イリヤ。彼らの関係は士郎には到底考え付かないほど深かったのだろう。だからこそ、イリヤはここまで泣く。子供のように。
 聖杯として生まれ、ただそれだけの為に生きてきたイリヤスフィールという少女は、初めて子供のように泣いた。
 それは彼女が、聖杯としてではなくただの人間として、子供として流したたった一つの涙。

 ――――物語を締めくくるのは、悲しみにくれる少女の涙。

二十五話

 ―――柳洞寺の地下。大空洞とも呼べるその空間の奥深く、闇よりも深き絶望、夜よりも暗き恐怖が蠢く。そして、その恐怖の源の近くに立つ一人の―――否、一騎のサーヴァント。


「――もどきかと思えば、存外らしくなりおる。いや、聖杯本体以上に、聖杯らしい」


 前回の聖杯戦争から現界し続けるサーヴァント――アーチャー。彼が見上げる先には、この戦争を引き起こし続ける元凶たる聖杯がある。
 万人の人間がこれを聖杯に見えるか、と問われれば皆は答えるであろう。

 ――あんなものが、聖杯であるはずがない、と。

 まるで塔のように高いモノ。その上から溢れ出して来るのは、存在するモノ全てを焼き尽くす究極の呪い。黒い泥。この世の全ての悪性を一身に引き受けた、この世の全ての悪(アンリ・マユ)という名の英霊。


「中々に壮観だな。そう思わんか―――言峰」


「あぁ、間桐桜は良い器のようだ。それに……母体としても優秀らしい」


 アーチャーの傍には、言峰教会の主たる言峰綺礼の姿。聖杯戦争の監督役である彼は、同時に聖杯戦争の参加者でもある。監督役としての立場を利用し、表立って動くことはなかった。
 全ては情報収集の為に放ったサーヴァント、ランサーに任せ自分は本来の手札であるサーヴァント、アーチャーを伏せていた。


「ふん、この世の全ての悪(アンリ・マユ)が生れ落ちることなどに興味はないが、聖杯としての機能だけは使わせてもらうぞ。セイバーを我のモノにするのにな」


「好きにするがいい。私の興味は、コレが生まれることにしかない。神の名の下に、生れ落ちる赤子の命を祝福(祝う)のが私の務めだ」


 二人の周りに薄っぺらい影が次々と生まれていく。それは英霊、この世の全ての悪(アンリ・マユ)の分身。
 影は何かを守るかのように集まる。その中心にいるのは、俯いたまま動かない間桐桜。目の焦点は合わず、意識もない。その胸の辺りに、赤い染みが広がっている。


「間桐臓硯もよもやここまで自分の孫が聖杯らしくなるとは思わなかっただろう。それを見届けることはもう叶わんがな。失われし命に、安らぎがあらんことを」


 アーメン、と十字を切る言峰神父。そう、間桐臓硯は既にいない。間桐桜の体内に巣くっていた老人は、言峰神父の手によって摘出されアーチャーの宝具によって消滅した。


「――来たようだぞ、ギルガメッシュ」


「漸くか……王たる我を待たせるとは不届きな奴らだ。まぁ、よかろう。どちらにせよ奴らを待っているのは死であり、セイバーは我の后となる道しかない」


 アーチャーは――いや、遥か古代に君臨し、人類最古の英雄であるギルガメッシュはそう漏らす。
 英雄王ギルガメッシュ、それがこのサーヴァントの真名。後に存在する英雄達の武器の原典を持ち、それを矢として撃ち出す宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。
 その全てがランクB以上。単純な宝具の数と、威力なら彼以上のサーヴァントはいない。


「早く来るがいい、セイバー……その顔を涙で濡らし、あの泥を浴びて苦痛に悶え、助けを乞う姿を我に見せよ……!」


 ギルガメッシュのセイバーに対する屈折した愛情。もはや、憎悪と紙一重だ。


 ―――言峰綺礼とギルガメッシュの待つ大空洞に、五人の人間が現れる。


「桜……」


 衛宮士郎。


「……そう、アンタが黒幕だったの綺礼」


 遠坂凛。


「これが、聖杯……こんな物を、私は求めていたのか」


 セイバー。


「アサシン……」


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。


「――終わらせよう、イリヤ。こんなもの、人の命を奪うだけのものなんていらない。呪われた聖杯戦争……その全てを、終わらせよう。そして、帰るんだ。待っていてくれる人達の下に」


 そして――アサシン。


 全ての役者は揃った。冬木における第五回聖杯戦争――その終着は近い。その決着の果てに待つ結果は、士郎も、凛も、セイバーも……そして、イリヤとアサシンにもわかっている。

 だけども――――今は、今だけは。戦友として、仲間として、この戦いを勝ち抜く、それだけを考えよう。悲しみは後に、今彼らの身にいるのは勝利への執着のみ。

 さぁ――――全てを終わらせよう。

二十四話

「サクラは聖杯の欠片をその身に埋め込まれて、擬似聖杯として機能している。残っているサーヴァントは三騎。バーサーカーとアーチャーは私が取り込んでいるけど、それ以外のサーヴァントは全部サクラに取り込まれたわ」


 淡々とイリヤスフィールは語る。


「もう、人としての意識を保っていることすら厳しいはずよ。聖杯として完全になってしまえば、彼女は死ぬわ」


「そんな……っ」


 士郎の愕然とした声が居間に響く。しかし、士郎だけでなく凛もまたその言葉に、愕然としさせられていた。


(桜が……死ぬ?)


 そう考えて、凛の背筋に悪寒が走る。いつも無表情であったあの子が、笑ってくれていた。例えそれが限られた時間、限られた場所であっても良かった。桜が、自分の妹が笑っていてくれているのなら。
 だが、死んでしまえばその笑顔を見ることが出来なくなる。話すことも出来なくなる。

 ――馬鹿な姉でごめんなさいと、謝る事も出来なくなってしまう。


(いや……そんなの……!)


 握り締めた手から、血が溢れる。今、凛の中にあるのは壮絶なまでの怒りの念。間桐臓硯に対する殺意。
 自身の感情を抑えられていない今の自分は、魔術師としては二流以下なのだろう。しかし、今の凛は魔術師ではなく一人の姉として怒りを覚えている。その思いに、間違いなどない。


「イリヤ、桜を救うことは出来ないの?」


「――助けること自体は簡単じゃないかしら。でも、その後が一番大変なの。聖杯として完成されつつある今の桜は、言ってみれば魔力の貯水タンク。自分の中にある魔力を持て余している状態なの。仮に救えたとしても、その魔力を処理しない限り命の危険は常につきまとう」


 空気を入れすぎた風船は、内側から外殻を圧迫され爆発する。桜の状態はまさにそれだろう。例え聖杯の呪縛から開放されようとも、蓄積した魔力は消えることはない。
 強すぎる魔力は身を滅ぼす。間桐桜という少女の肉体の中には、その肉体が許容できる以上の魔力が渦巻いているのだ。


「聖杯として作られている私も、例外じゃないけどね」


「本当ならイリヤがそうなっていた筈なのか……?」


 聖杯とは名ばかり、人としての存在を喰らいサーヴァントの魂を喰らい機能する血塗れの万能機。それはもはや、聖杯とは言える代物ではない。


「アサシン、貴方はそれを知っていたのですか?」


「そりゃ、な。召還されてすぐに本人から聞いたさ」


 その時点で、既に自身の願いを叶えることについては諦めている。そう付け足すアサシンの言葉を、セイバーは静かに聴いていた。


「ともかく、桜を助けるにはあのアーチャーを倒すしかないんだな?」


「そうね。あれを倒して、聖杯への接続を断てば一先ずは終わり。その後は、サクラの生命力と魔力の処理方法を考えるだけよ」


 最後に関しては、ここで出せる結論ではない。士郎達はのんびりする暇も惜しいとばかりに、すぐに準備を始めだす。
 ショックから未だ立ち直れていない凛だが、刻一刻と桜の命が蝕まれていくのを見過ごしているわけにはいかない。宛がわれている部屋へと戻り、自身の持つ全ての宝石を身につける。
 机の上に視線をやれば、士郎の命を救った宝石のペンダント。学校に忘れた筈の物を、わざわざアーチャーが持ってきてくれたことを思い出す。


(ほんと、気障な奴だったな……)


 アーチャーの言動と行動を思い出し、苦笑いが浮かぶ。思わず赤面するようなことを言ったかと思えば、ちょっとしたことですぐ拗ねてみせたりする、変なサーヴァント。そして何故か士郎のことを目の敵にしていた。
 そのことで何度か口論になったこともあったが、信頼できた……背中を預けられたサーヴァントだった。

 しかし、そのサーヴァントはもういない。


(馬鹿アーチャー……相打ちなんかになっちゃって)


 バーサーカーと刺し違えて消えていったアーチャー。最後まで彼の真名を知るには至らなかった。だが、今ならわかる。あのサーヴァントは、自分にとって最高のパートナーであったのだと。
 凛の手には、今はセイバーの令呪がある。


(見てなさいアーチャー、私たちは必ず勝つわ。そして……必ず桜を助ける)


 目に浮かんだ涙を拭い、凛は部屋を後にする。迷いはもうない。今自分がすることは新たなパートナー、仲間と共に桜を助けること。
 机の上に置かれた赤いペンダントは、そんな凛の決意を祝福するかのように赤く輝く。


 ――行って来い、凛。君なら勝てるさ。それと……“私”をよろしくな。

二十三話

 衛宮家の居間に揃った生き残りしマスター達。傷つきながらも生還し霊体化して傷を癒すアサシンを交え、彼らは戦いの戦略を立てる。


「あいつの宝具は異常だ。今のセイバーの力じゃ、どうやっても勝てない」


「……悔しいですが、事実です。前回切嗣に召還され万全の状態でも勝つことが出来なかった相手
だ。魔力供給のままならない今の状態では勝てる見込みはない」


 下唇をかみ締めながら、セイバーは喋る。士郎からの魔力供給がなされていない今のセイバーでは、どう足掻こうとアーチャーには勝てない。宝具の打ち合いでも競り負けうえに、今のセイバーでは宝具を一度しか放てない。二度放つ為には自身の存在を消す覚悟がいる。


「魔力供給か……仮に、士郎の魔力が供給されたとしてもセイバーの能力の低さはネックよ。能力値がせめて平均Aぐらいは欲しい所だわ」


「それなら、士郎とセイバーが契約を切ってリンと再契約すれば解決するんじゃないかしら? 魔術師としての能力はリンが優れているんだし」


 イリヤの提案は、確かにセイバーの能力の低さを解決する最高の手であった。尤も、宝具の使用に関しての制限は変わらないのだが。
 最終的にはその提案が呑まれたのだが、最後の最後までセイバーが士郎との契約を切ることを渋っていた。最後まで守り通すという騎士としての誓いに反するなどなどと言っていたが、


「その誓いも、誓った人物が死んだらおしまいじゃない?」


 という凛の一言で崩れ去った。体裁を捨て、士郎を守る為にセイバーはサーヴァントとマスターの契約を断ち、凛と再契約をした。契約の言葉が終わり、契約が結ばれると同時にセイバーの体から魔力があふれ出す。本来あるべき能力を取り戻したセイバーは、先程までの彼女よりも力強さが滲み出ていた。


「うわ……予想してたとはいえ、これはきついわね」


 自身の魔力の多くがセイバーへと流れ込んでいく感覚を味わう凛は、その貪欲とまでいえる量に辟易とする。士郎が正式に契約を結んでいたら、すぐに倒れてしまっていたであろうと思う。


「しかし、これならばアーチャー相手に打ち負けはしないでしょう。といっても、彼の宝具を防ぐ手立てがないのは変わりませんが」


 攻撃、防御の面ともに未だ不安の域を出ない。セイバーの持つ宝具の攻撃力は確かに強力だが、アーチャーの持つ宝具には敵わない。


「宝具を打たせないようにするしかない、か。その辺りのかく乱は……」


「――俺がやろう」


 静かに実体化したアサシンが切り出す。切り落とされた左腕の再生は終わったらしく、見た目は普通だ。それでも、まだ五割の力も戻っていない。完全回復を待つのなら、後二日はかかる。
 それまで待てば、という意見も出たが―――


「それだと時間がなくなるわ」


 それを否定したのはイリヤ。それには誰もが首を傾げる。時間がなくなる、とはどういうことなのだろうか。確かにサーヴァントの数は残り三騎であり、開幕から既にかなりの時間が経過はしている。それに、アーチャーの目的はセイバーと、聖杯の入手。未だアーチャーは聖杯を手にはしていない。
 そして、聖杯とはイリヤのことでもある。今ここにイリヤがいる以上、聖杯を呼び出し手に入れることはできない筈。だからこそ、アーチャーはアインツベルンの城へと赴いたのだ。


「時間がないって……聖杯は、その」


 アサシンが言いよどむ。召還されてすぐ、アサシンはイリヤから聖杯の正体を教えられている。それゆえに、アサシンは自らの願いを叶えることを放棄したのだ。今回は、ということになっているが……これを逃せば次があるという保障はまったくない。
 それでも、自らのマスターを生贄にし自分の願いを押し通すことなどしたくはない。アサシンはその自分の行動に後悔はしないと自らの心に誓える。


「えぇ、聖杯は私自身……というより、私の心臓といった方が正しいのかしら」


「イリヤの、心臓……!? な、なんだよそれ、何でイリヤの心臓が聖杯なんだ?」


「私がそういう存在だから、よ。アインツベルンは聖杯の器になるべき依代を用意する。それが私のようなホムンクルス。ここにいるリズやセラも、同じ存在なの」


 イリヤは確かに母体から生まれた。しかし、そのときから既にイリヤは人としてではなく、聖杯として生を受けているのだ。いわば、イリヤは魔術回路を人にしたようなもの。多大な魔力を持ちながらも、魔術師としての能力はほとんどない。
 マスターとして聖杯戦争に参加し、勝利し聖杯を手に入れることだけを義務付けられてイリヤは冬木へと赴いた。それ以外のことなど、期待されていないのである。
 凛だけはある程度予想していたのか、さほど驚きはない。しかし、感じている疑問だけが強くなっていた。


「なら、アンタがここにいる限り問題はないんじゃないの? イリヤの心臓がいるのなら、聖杯は――」


「――大本となるものがないから降霊できない、ということになるわ。えぇ、今までならね・・・・・・。私を捉えられなかった以上、別のモノを使う気よ」


 何かを含むような言葉。誰もが怪訝な顔をする中、士郎だけは何か言い知れぬ不安と予感を感じていた。


「前回の聖杯は不完全なままで召還されて、そしてセイバーと……キリツグに破壊されたわ。そして――聖杯の欠片が、ある一人の老人によって回収され一人の人物に埋め込まれた」


 心臓の鼓動が士郎の耳にはっきりと聞こえる。この鼓動の主は、周りにいる人物なのか。否、この鼓動は士郎自身のもの。何を言われるのか想像もできないのに、士郎は今紡がれる言葉が確実に悪いモノだと分かっていた。


「老人の名はマキリゾウケン。聖杯の欠片を埋め込まれたのは――その老人の孫娘、マトウサクラよ」


 尤も身近な存在であり、関わり合いになるはずのなかった存在の名前が、士郎を―――そして、凛を打ちのめした。


神薙 祐樹

  • Author:神薙 祐樹
  • 1987年3月11日生まれ。
    うお座のAB型。
    現在は雇われ店長としてブラックな職場で日々働いて時間を失っています。

    RO現在休止中。Mimir鯖所属、主に影葱。ガンダムオンライン、ガンダムジオラマフロントにはまってます。

    SS書く時間がほしい。
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